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株主間紛争における損害算定の注意点

株主の権利が行使され係争に発展する株主間紛争においては、特定の事業の正確な価値評価が問題となり、その方法論が中心的な論点となることが多い。本稿は、その方法論について簡単に解説するものである。より詳細な解説についてはこちらをご参照いただきたい。

株主への対価は、市場価値(market value)、適正市場価値(fair market value)、または公正価値(fair value)を参照して決定されることが多い。バリュエーションは一定の手法に従った単純なものにみえるかもしれないが、実務上は重要な論点が多々ある。

バリュエーションにおいては、次の3つの要因により異なる結果がもたらされることが多い。

  1. 「市場価値(market value)」、「公正価値(fair value)」、「支払価格(price paid)」の意味が混同されている。
  2. 異なるバリュエーション手法が複数あるが、どの手法でも類似する結果になるとは限らない。
  3. 特定の方法で算定した価値を、個々の状況に合わせて調整する必要があり得る。


1. 市場価値・公正価値・支払価格

「市場価値」という用語はバリュエーションの専門家や、学術書においても、異なる意味で使われていることがあるため、株主間紛争の仲裁の場にも同様の混乱が生じ得る。

国際評価基準(IVS)において、市場価値は「評価時点において、独立した立場にある買う意欲のある買い手と、売る意欲のある売り手の間で、適切なマーケティングを経て、当事者が十分な知識を有し、慎重にかつ強制されることなく行動した場合に、資産又は負債が取引されるべき推定評価額」と定義されている[1]。また、市場価値は、その資産の最高かつ最良の使用を想定した価値を反映したものである[2]。市場価値には、市場参加者が一般的に得ることができないメリットや負うことがないデメリットについては考慮されない。

対照的に、公正価値は「資産又は負債が、互いに認識された、十分な知識を有し取引する意欲のある当事者間で移転される際の推定価格であり、各当事者の利害を反映したもの」と定義される[3]。公正価値の評価には市場価値からの調整が必要な場合もあり、またその逆もあり得る。また、公正価値の算定には、すべての市場参加者が利用できないシナジー効果など、市場価値の評価においては無視すべき項目を考慮する必要がある。

最後に、実際に支払われる価格は、交渉力、時間的制約、流動性資産の必要性等により、市場価値や公正価値とは異なり得る。 

したがって、潜在的な損害額に関する根拠を分析し、バリュエーションの精度を上げるために必要な調整、またその方法を検討する必要がある。 


2. バリュエーション手法

事業や資産の価値は様々な方法で算出されるが、その手法が異なれば、その結果もしばしば異なる。したがって、バリュエーション手法の選択は、株主間紛争の損害算定において非常に重要である。また、異なる手法で算出された価値のレンジが広い場合、それぞれの手法のウエイト付けや重要性を検討することも重要になる。

バリュエーション手法は大きく以下の3つに分類される。

  • マーケット・アプローチ(例:アクティブな上場企業株式、対象企業の最近の取引、類似企業における最近の取引)
  • インカム・アプローチ(例:ディスカウント・キャッシュフロー(DCF)法)
  •  コスト・アプローチ(例:純資産価値、再構築価値)。

適用に当たっては、個別のケースがおかれている状況に応じて最適な手法を選択することになる。以下、これらの手法の特徴について簡単に紹介する。


マーケット・アプローチ

IVSは、マーケット・アプローチの基本的な考え方について以下のように説明しており、調整が必要な場合があることも述べている。

「マーケット・アプローチでは、価格情報が入手可能な同一の資産、又は、比較可能な(類似の)資産と比較することにより、対象資産の価格を推定する。

 . . .

比較可能な市場情報が全く同一の又は実質的に同一の資産に関連していない場合、評価者は比較可能な資産と対象資産の類似点と相違点について定性的及び定量的な比較分析を行う。多くの場合、この比較分析に基づいて何らかの調整を加える必要性が出てくる。これらの調整は合理的でなければならず、評価者は調整の根拠と方法を文書化しなければならない[4]。」


インカム・アプローチ

DCF法に代表されるインカム・アプローチは、国際仲裁における損害算定で頻繁に適用されている[5]。 

DCF法は、ある基準日における将来キャッシュフローの現在価値を計算する。損害額の算定に使用される割引率は、特に(1)将来期間のキャッシュフローの時間的価値、及び(2)割引対象となるキャッシュフローのリスクの大きさを反映する。

DCF法は主観を伴う面があるが、マーケット・アプローチが不適切、又は、利用不可能な場合には、DCF法が合理的な解決策であることが多い。


コスト・アプローチ

コスト・アプローチは、純資産の購入又は交換に要する費用を参照し、事業価値を算出する手法である。比較可能な資産の価格に関して信頼性の高いデータが入手できない場合や、資産が直接収益を生まない場合に有効な選択肢となり得る。その資産が他の資産と交換または代替できる場合には、より有効である。一方、当該資産が十分な収益を生んでおり、資産の価値の源泉が主にその収益にある場合には、適切な手法とはいえない。

 

3. 特定のバリュエーション手法から算出された価値の調整

バリュエーション手法には、調整を要さないものもあれば、特定の要因を調整するものや、評価対象が比較可能な企業グループと同一であることを前提とするものもある。当該企業グループが最も比較可能性の高い企業で構成されていても、重要な要素について比較可能性が不十分であれば、調整が必要になる。

以下では、株主間紛争において争われることが多い調整の概念を取り上げる。 


非流動性ディスカウント

プライベートセールで売買される資産のバリュエーションでは、通常、その資産の流動性や市場性の程度を考慮する。流動性リスクは、対象資産を公正価格で即時に取引できないリスクを表す[6] 

資産が非流動的である場合、投資家は流動性のある類似資産よりも低い価格を付けることが示唆されることから[7]、その価値の調整を検討しなければならない[8]。 

非流動性ディスカウントは、その持分が支配持分か非支配持分にかかわらず適用されるが、各国の法律がバリュエーション手法に影響し得る点も考慮する必要がある。

  

コントロール・プレミアムとマイノリティ・ディスカウント 

コントロール・プレミアムとマイノリティ・ディスカウントは、評価対象との意思決定権の有無の差異を調整するために適用される。例えば、非支配持分の価値であっても、支配持分の価値を反映することを意図する場合には、コントロール・プレミアムの加算が適切である。

バリュエーションの基礎となる事業計画が、事業の支配を前提としている場合、コントロール・プレミアムを検討することは適切ではない。一方、バリュエーションが少数株主の問題に関連し、少数株主が事業計画に反映された将来キャッシュフローの価値を等しく得られない場合は、マイノリティ・ディスカウントの適用が適切だろう。


参考文献

[1] 国際評価基準、IVSフレームワーク、2017年、パラグラフ30.1 

[2] 同上パラグラフ30.4  

[3] 同上パラグラフ50.1

[4] 同上パラグラフ20.120.5

[5] PricewaterhouseCoopers: 2015 – International arbitration damages research, 2015, p. 3.

[6] 欧州中央銀行。Liquidity (Risk Concepts) - Definitions and Interactions, February 2009, p.18.

[7] Aswath Damodaran, ‘Marketability and value: measuring the illiquidity discount’, Stern School of Business, July 2005, p. 34.

[8] Shannon P Pratt and Alina V Niculita: Valuing a Business: The Analysis and Appraisal of Closely Held Companies (Fifth edition, McGraw-Hill, 2007), pp. 416 to 457.

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